私の教室に通う児童コースの生徒さんは、小学校1年生〜小学校5年生が一番多いです。
”書”以外のことも、注意しなければならないことがたくさんあります。
これは最初から想定していたことで、
「”書”以外のことも注意しなくちゃいけないなんて、今の子供はどうなってんだ!!」
みたいなことは一切思っておらず、むしろ子供のうちはこれが当たり前の状態なのです。
大切なのは、注意しなければならないこと、例えば、
・目の前の課題に取り組まない
・ふざけちゃいけない場面なのに、ふざける
・おしゃべりをしちゃいけない場面なのに、おしゃべりが止まらない
など、これらは今のうちから徹底的に直す必要があります。
みなさんが今後、生きづらくならないために
ちゃんとしなければならないときにちゃんとしなければ、大人になったときに生きづらくなります。
そして、この生きづらさは自分の選択によって引き寄せた結果であるのですが、自分で引き寄せたということに気づくことができません。
たいがい、他人のせい、社会のせい、環境のせいにしがちです。
どうして自分以外のところに原因を求めてしまうようになるのでしょうか。
それは、”自分が迷惑行為をしている”という自覚がないからです。
子供のときから何も注意を受けずに育ってきたとしたら、そもそもそれが”迷惑行為”だと夢にも思わないのです。
本人にとっては、”当たり前の行為”、”普通の行為”
周りにとっては、”迷惑な行為”
こうなるわけです。
※以前、7つの習慣の「インサイドアウトの思考」について少し触れた記事がありますのでご参考ください。
【インサイドアウトの思考】「問題は自分の外にあると考えているならば、その考え方こそが問題である」
私は以前、意識と無意識のお話をしました。
この本人にとっての”当たり前の行為””普通の行為” これを、「本当は迷惑な行為なんだよ」と注意をすることで、
無意識的にやっているものを意識させる必要があります。
そして、自分の当たり前の行為を、迷惑行為とリンクさせます。
もちろん子供なので、1回の注意じゃなかなかわからないときがありますので、継続的にやる必要があると思います。
ただし、注意をする前にまず自分を疑う
注意の難しいところが、注意というアクションを起こす前に、
「そもそも私がその原因を作っていないか?」
と疑う必要があります。
人間関係は鏡みたいなものなので、相手の行為は自分のやっている行為と同じ、という場合があります。
他にも、飽きさせてしまうようなレッスンをしているとか、教え方が下手とか、さまざま。
意識と無意識のお話は、注意する側にも当てはまることなので、気をつけています。



