
自分の人生を振り返ってみると、情熱が湧かなかったものに対しては、とことん挑戦しなかったなぁという人生でした。
情熱が湧くものに対しては、絶対その世界のトップをとってやる!という思いが必ずあったんですよね。
もちろん、実際にそれなりの高い順位をキープしてました。
情熱が湧かなかったことに対しては、とことん挑戦しない。
最低限、周りに迷惑かけなければいいや、みたいなその程度。
例えば小中学校時代、体育の授業で、サッカーとかバスケの時間とか本当にお荷物でしたよね。
(迷惑かけてますねコレ)
情熱が湧かないものがある場合、人間的に劣っているのか?

現在、書道教室の先生という生き方で、毎日充実した生活を送っていますがサラリーマン時代は結構地獄だったんですよね。
詳細に関しては自分の将来に不安を感じたから、書道教室を開業したという話でお話していますが、本当に情熱が存在しなかったです。
情熱が存在しなかったから、挑戦しない。
最低限周りに迷惑を掛けないように立ち回ることで精いっぱいでしたが、やはり迷惑をかけることも多々あり。
お荷物な上に迷惑をかけるとか最低最悪な存在ですよね。
という感じで、「自分ってなんでこんな、周りに比べて劣ってるんだろうなぁ」と思う日々でした。
結論から言うと、自分が不得意なフィールドで戦っていたから、劣等感を感じる毎日だったんですよね。
自分が不得意なフィールドで戦っているから、情熱が湧かない。
でも、不得意なフィールドで戦っていること自体に気づけない。
そんなこんなで紆余曲折あり・・・・
そして今、書道教室の先生という生き方をしていて、信じられないぐらい人生が前向きに進んでいる感じがします。
毎月たくさんの生徒さんにも恵まれるようになっています。
恐らく、これ以外の天職は見つからないというほどの人生の好転具合です。
サラリーマンを辞めた後、自分の今後の生き方を考える時に、下の計算をしたんですよ。
書道が好き × 教えることが好き × 全ての裁量が自分にある
この3つを掛け合わせたら、書道教室の先生という答えになったのですが、実際になってみて本当に正解でした。
書道教室の先生というフィールドは、自分にとって得意なフィールドだったようです。
情熱が湧きまくりです。24時間、教室の事を考えています(良い意味で)
ということで今、情熱が湧かない状態にあっても、環境を変えれば情熱が湧くこともありますので、情熱が湧かないから人間的に劣っているとかは無いですよ。
情熱がないものに対しては、挑戦できない。これは当たり前なことで、悲観することではありません。
悲観すべきは、情熱が湧かないことが明らかなのに、環境を変えるという行動をとらない自分の弱い心に対してだと思います。


