質問内容にもよるのですが、常識の範囲内の中で質問をしたときに、ムッとしたり、逆質問をして生徒さんを困らせたりする先生は、人間的に未熟な先生なので気を付けたほうがいいでしょう。
こういった類の先生は、
①社会経験がそもそも希薄だったり、
②閉鎖的で歪んだ世界しか知らなったり、
③お金をいただいている立場という自覚がなかったり、
④自分はスゴイんだ!(=答えられない質問がない)と勘違いしていたり、
いろいろな原因がありますが、一言で表現すると「人間的に未熟であり、思考の次元が低い人」となります。
①社会経験がそもそも希薄である

例えば大学や専門学校を卒業直後は、当然社会経験は殆ど積めていないので、これは当たり前のことなんですね。
私が言っているのは、良い歳なのに社会経験が全然ない方です。
社会経験を通じて、学生のときでは得られなかった人間同士のより高次なコミュニケーションを学べるはずなのですが、これがほとんど無い方。
これを書いている私もまだまだ未熟であることを自覚しているので、今よりもコミュニケーション能力に磨きをかけなければなりません。
やはり低い次元でのコミュニケーションしか知らないので、何か自分の気に入らない質問をされると、上手く対処できずに、子どものように態度として出てしまい、”ムッ”となるわけですね。
「初心者だから、そういう質問をするのは普通のことだよね」という、広い心を持つ必要があります。
②閉鎖的で歪んだ世界しか知らない

今までの慣習に何の疑問も持たず、言われたことを守り、流れに身を任せてきた人たちのことです。
「信じていれば救われる」みたいな、そういう特殊性を感じます。
書道の世界の常識は、他の世界の非常識だったりしますので、その違いを理解していない先生は、やはりコミュニケーションがスムーズに進まないことがあります。
「自分が学んできたことが日本人としての常識である」みたいな、自分には1ミリも間違いがないような、驚くような確固たる自信があったりするので、そういう先生とのコミュニケーションは、やはり難を極めるかと思います。
③お金を頂いている立場という自覚がない

書道教室、習字教室を運営しているということは、いくらかお金を頂いているはずで、先生と生徒という関係は、言い換えてみれば”店員とお客さん”の立場なんですよね。
こういう関係であることの自覚がない先生というのは、オブラートに包まずいうと、やはり異常であると言わざるを得ません。
先生という称号は、”偉そうにふんぞり返っても許される権利”ではありません。
生徒がいるからこそ、先生でいられるんですよ。
生徒がいなければ、先生ではありません。
自分が先生でいるためには、生徒を大切にしなければなりません。
大切にしようとする意識がないから、異常な言動がでちゃうんですよね。
④自分はスゴイんだ!(=答えられない質問がない)と勘違している

こういった勘違いをしている時点でもヤバイですよね。
答えられない質問が無い!はずなのに、答えられないような質問をされると、その現実を受け入れることができず、そんな変な質問をしてきた生徒さんに対して敵意を示したりします。
それが、ムッ!としたり、”負けじと逆質問をする”という行動にでたりするんですよね。
逆質問をする → 生徒さんが答えられない → 私(先生)のほうが強い、勝った → 自分のほうが優れていると生徒に示すことができ、先生自身の精神的な安定につながる
こういうヤバイ精神構造をもってらっしゃいます。
まとめ
先生にお金を支払っていたとしたら、先生のためにガマンする必要はありません。
ガマンしていたとしたら、それは異常なことです。
わざわざお金を払って心の荷物を増やす意味がわかりません。
普通、心の荷物を降ろすために、お金を払って解決するはずなんですよ。
「Aという荷物は降ろせたけど、Bという荷物を背負うことになった」なんて本末転倒も甚だしいです。
生徒さんが抱えている心の荷物をどれだけ降ろせるか、これが先生の腕の見せ所です。
「キレイな字を身に着けさせる」という表層的な部分だけしか考えられない先生は、今後淘汰されていくことでしょう。



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